洛北・若狭街道に沿った山間の村々に伝承されて来た『広河原の松上げ』は、河原や畦道に差し込んだ約1,000本の松明に点火、高さ約20メートルの燈籠木(=大傘 / トロギ)へ総勢40名もの男たちが手にした松明(たいまつ)を投げ上げ火をつける勇壮な祭です。
『松上げ』とは、松明を上げるという意味であり、もともと『上げ松』と呼ばれていましたが、現在では一般的に『松上げ』と呼ばれています。広河原では、江戸時代より『燈籠木(とろぎ)』と言うのが本来の呼び方でしたが、昭和になってから『上明松(あげまつ)』とも呼ばれるようになりました。
この由来については定かではありませんが、伝承によると、江戸時代より広河原の最大の行事となっていて、愛宕大明神に献灯して精霊送りと火災予防、農作物の豊作を祈念し、また村人の和合もこの祭典で築かれ、地域発展に貢献したとされています。
明治時代には百戸近い戸数があり、各戸より青壮年が参加して毎年8月24日に執り行われる山里の火祭りとして定着しました。
『松上げ』は、全長15mを超える檜の大木の先端に直径2.5mほどの笠を作り、四本柱の枠に人力で垂直に立てます。各戸が、献灯用の『地松(じまつ)』を33体余と燈籠木の先端に点火するための
『放上松(ほりあげまつ)』2個を用意します。
そして、燈籠木の元へと集まり、地松に点灯後、燈籠木の先端に向かって放上松を放り上げ、一番点火を競います。四方から上がる火が弧を描き、交錯して夜空を焦がします。放上松の火跡が雨のように流れ、燈籠木への点火が成ったときには、一帯が火の海のように明るく照らし出されます。
広河原の松上げの特徴は、燈籠木が倒されてからにあります。
それはツッコミと呼ばれ、燈籠木が倒れた後に燃え上がる炎の中に二方から丸太を突き刺し、火の粉を夜空に舞い上げます。
幻想的な灯りの中で祭りの興奮が徐々に高まり、最後には観客も一体となって楽しめるような、素朴な祭りの雰囲気があります。